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詩ってやつは僕を気持ちのいい言葉探しの旅に誘う『夜のミッキー・マウス』【読書屋!】

どうも、こんにちは。有江亭です!

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小説を読むことが多いですが、今日はすこし趣向を変えて詩集を紹介したいと思います。古本屋さんで見つけた懐かしい名前「谷川俊太郎」。

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もちろん有名な方ですが、私には「懐かしい」という表現がぴったりなんです。というのも、私の通っていた小学校の校歌の作詞が谷川俊太郎さんだったからです。古本屋さんで手に取って「詩集かぁ。普段よまないなぁ。」と思いながら手に取っていました。谷川俊太郎『夜のミッキー・マウス』を紹介します。

最初に断っておくと、私は詩のことはよくわかりません。その言葉が何を意味しているのか、なにを思ってこの詩を書いたのか。いまいち読み取れない、というかむしろ、小説や評論と違って文脈から読めることが少なく、その少ない情報から読み取らなければならないために、あまりに様々な解釈が出来てしまうような気がして 。考えるな、感じろということなんでしょうか。詩というもの自体は決して嫌いではないのですが、私の詩の楽しみ方というのはその詩が表す世界観を味わうというよりか綺麗な日本語を探すことに重点を置いています。

そういう意味では、谷川俊太郎さんの詩は綺麗な日本語の宝庫。まず、本書のタイトル「夜のミッキー・マウス」という日本語がかなりハイレベルなセンスをまき散らしているように思います。

さてさて、この記事では内容は語らないようにします。そんなことよりも、私の感情とこの詩集が驚く程マッチしてしまったことを書きたい。文章を読むとき、その文章にハマるか否かは読み手のその時の感情に左右されることがある。たとえば、ある小説を昔に読んだ時なにが良いのか全くわからなかったが最近読み直してみると、どの文もどの登場人物にも共感ばかりするといったことがある。私のいまの気持ちは少し寂しくて少し不安で何をすべきか見えず厚い雲がかかったかのような心持ちだ。その気持ちにこの『夜のミッキー・マウス』はどこまでも寄り添ってくれた。寂しさと虚しさがどこか流れている。その流れ出る寂しさと虚しさはきれいな日本語という岸からあふれ出ることはない。私はその岸に触れ、岸が濡れていることを知る。岸を濡らしているものは寂しさと虚しさであり、私自身の涙なのかもしれない。

詩の事はわからないけれど、この詩集をよんで、私の心が動いたことだけはわかった。こんなに素直な気持ちで文章を書けるのは、綺麗な言葉に触れたからだと思う。

 

今日はよく眠れそう。

 

 

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