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自然の中のちっぽけな人間。自然の現実と人間の意地のぶつかり合い『老人と海』【読書屋!】

どうも、こんにちは!アリガテンです。

名作中の名作、ヘミングウェイ『老人と海』を読みました。

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西 加奈子『漁港の肉子ちゃん』の中で海に関わる本が読みたいなと主人公が言い、手に取ったのがこの『老人と海』だったわけです。残念ながら、私はまだ読んでいなかったので、これは読まずにはいられないと思い近所の古本屋に行くと108円で売ってるではありませんか。この機会を逃すまいと読み始めることとしました。

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すごくいい小説に触れることができたなぁというのが読後の感想です。そりゃ、天下のヘミングウェイの作品ですから、当たり前もいいところなんですが。ページ数もそんなに多くないですしストーリーも複雑ではないので、じっくりきちんと読書をしてみたいという人にはおすすめできる小説ではないでしょうか。

 

タイトルの通り、老人が登場人物、海が舞台。老人は漁師であり漁師として長年の経験をもつ。その老人が一人で船に乗り漁に出る。彼はしばらくの間、不漁が続き今回こそはと意気込む。だが、そう簡単に運は転じるものではない。その日も全然あたりがなかった。餌も尽きようかという時に一つ大きなあたりがくる。餌に食らいつくまで待ち、食らいついたとわかったときから、老人とその魚、もしくは老人と海との闘いが始まる。

その魚はいままで老人が捕らえてきたどの魚よりも利口で、ずっと海深くに潜り続ける。決して浅薄に海面に上がって姿を見せるなどしない。一方、老人はいままでの経験にない魚の動きに敬意を払いつつ糸が張り詰めすぎて切れないように逐一調整する。魚と老人の駆け引きは4日間にもわたった。老人も魚もどちらも体力を大きく消耗しながらの戦いであったが、最後は老人の勝利となった。これまでにない大きさの魚に驚きながらも銛で突き殺した魚の胴体を船に結び付け港へ帰途につく。

しかし、老人との死闘で血を流し続けているその大魚は鮫の恰好の獲物となる。幾度と鮫が押し寄せその大魚の肉片を食らっていく。そのたびに老人は鮫を退散させていくが、どんどん大魚の肉は減っていく。港に着くころには、大魚は骨だけとなってしまう。

 

誰もそばにいない孤独な海の上で大魚との死闘を繰り広げる過酷さがひしひしと伝わってくる。その過酷な環境にいるにもかかわらず老人はその魚に対し敬意を払い「兄弟」という。それは自然と戦う人間を描きながらもその自然の一部であることを描いているように感じた。

その死闘に勝ちほっとする間もなく鮫の襲来にあう。その時、彼はその魚を釣らなければよかったと後悔する。彼が釣り上げなければ鮫に食いちぎられ無残な姿になることはなかったのに、彼が釣ったばっかりにそれを避けられなくなってしまったと事実に悔んだのだ。そして、彼はこう考える。(下の引用部分の「かれ」は老人のこと)

 

"かれは罪についてなおも考えつづける。お前が魚を殺すのは、ただ生きるためでもなければ、食糧として売るためだけでもない、とかれは思う。お前は誇りをもってやつを殺したんだ。漁師だから殺したんじゃないか。お前は、やつが生きていたとき、いや、死んでからだって、それを愛していた。もしお前が愛しているなら、殺したって罪にはならないんだ。それとも、なおさら重い罪だろうか、それは?"

 

どうして、こんな美しい文章が書けるんだろうか。この部分を読んだときに、自然と戦う人間の葛藤が見えたように思った。自然に勝つということが良いことではないという価値観が根底にあるが、自然に勝った事実をどうにか理由付けようとする。しかし、やはり、そこには迷い、ないし100%そうは信じきれない自分自身がいることを認め、自然に勝つことはやはり悪なのではないかと疑念を持っている姿が見える。

 

私の力量ではここまでしか読み切れなかったが、もっともっと深みのある文章であることは理解している。また、他のヘミングウェイ作品も読んでみよう。