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◇年間100冊読書日記◇趣味の読書の語り部屋

おかしなことばかりの今だからこそ、この男の生き様を学ぶ『「粗にして野だが卑ではない」石田禮助の生涯』【読書屋!】

どうも、こんにちは!

三度の飯より本が好きアリガテンです。

 

 

「粗にして野だが卑ではない」という言葉を知っているだろうか?声に出すとどこか心地良いリズム感で耳に残り良い。どこかで聞いたことがあったけど、どこの誰がどういう時に言った言葉なのかは知らなかった。

 

近所の駅前にある30年以上営業している古本屋さんの屋外に出された100円の棚の中に『「粗にして野だが卑ではない」石田禮助の生涯』という本があったものだから、その言葉に惹かれて手に取ってしまった。駅のホームのようなところで堅物そうでいてスタイリッシュなおじいさんが蝶ネクタイをつけ腰に手をあてて立っている写真が本の表紙に使われている。おそらくこのおじいさんが「粗にして野だが卑ではない」とかいう気の利いた言葉を言ったんだなと推測しながら、本をレジに持って行った。

 

その推測は当然のようにあたり、このスタイリッシュなおじいさんこそが石田禮助であり、大手商社の三井物産を35年勤め、後に国鉄総裁になった人物である。この本は彼の一生涯を描いた本となる。

 

彼の生き様はいまを生きる我々こそが学ぶべき姿であり、彼のジェントルな精神を垣間見ることであなたの毎日を少しだけ変えることができるかもしれない。

 

 

彼は大学を出ると三井物産に就職し2年間を日本で残りの30年以上を国外で過ごしている。明治19年の生まれであるが、これだけの年月を海外で過ごしたとあらば、当時の日本人の規格のはるか外の人物であったことは想像に難くない。

 

三井物産時代の彼は商社マンとして多くの業績を残すとともに海外の知識人に負けず劣らずの精神を持ち対等に渡り合った。

 

そして昭和14年には代表取締役にまで上り詰める。しかし、商社マンとして現場に出ていた時に比較して会議ばかりの毎日に嫌気がさし、他にもいくつかの要因が重なり三井物産を退職することとなる。

 

退職後は国府津で約10年ほど農業や畜産のようなことをやり自給自足の生活を送っていた。そこへ、国鉄総裁への声がかかり78歳にして国鉄総裁のポジションにつく。

 

 

海外生活中に見た海外の知識人たちが晩年は「パブリック・サービス」に従事している姿を見て、石田の理想とする老後も「無償で人や社会のために貢献すること」であった。それを実現するために彼は国鉄総裁の地位に就き自らの給料はいらないとまでいうほどであった。

 

 

彼はとにかく「卑」であることを嫌い、思った事は言うし、常に正直であった。

 

当時の歴代国鉄総裁は国会や議員たちには頭があがらないといったように明確に上下関係ができてしまっていた。しかし、石田ははじめての国会にて自己紹介をするさいに「生来、粗にして野だが卑ではないつもり」「嘘はつきませんが、知らぬことは知らぬと言うから、どうかご勘弁を」と言い、これまでとは大きく異なる異例の国会挨拶をした。国会や議員たちに対してあくまで対等であり、命を輸送する鉄道の代表であることを明確に意思表示した形となった。

 

国鉄総裁となった際に、安全の確保や営利能力の向上など当時の国鉄の課題となっていたことに真摯に向き合い未来を見通して活動した。そして、厳しいながらも、彼と接した人間はみな彼の魅力に惹きつけられていった。

 

 

"石田が国鉄を去る日、廊下から正面玄関にかけて職員や女子職員の人垣で埋まり、さらに道路にも、その先に当時設けられていた歩道橋にも人々が鈴なりになっていた。いつもと同じ蝶ネクタイ姿の石田は、その中でもみくちゃにされながら、手をあげて歓送に答えた。それは「匂いのいい仕事」を終わった男にふさわしい花道の姿であった。"

 

 

彼の働く姿もプライベートの姿も「粗にして野だが卑ではない」を体現しており、不正怠惰を許さず、自分の信念に従って生き抜いた様は現代の日本にこそ必要な要素であるように思ってならない。

 

石田の生涯の生き様自体も素晴らしいのだが、それをここまで克明にそしてイキイキと描くことのできる筆者の筆力もこの本の魅力である。彼の厳しいところも暖かみのあるところもユーモラスなところも全てを書きあげている。筆者の文章と石田の信念を通した生き様が絶妙に混ざり合い、読み物としてとても質の良いものとなっている。もし、古本屋で見つけられたら是非手に取ってみてはいかがでしょうか。