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読書屋!BookBankどっとこむ

◇年間100冊読書日記◇趣味の読書の語り部屋

現実と夢想の狭間での苦しみを描いた痛快小説!『儚い羊たちの祝宴』【読書屋!】

どうも、こんにちは!三度の飯より本が好きアリガテンです。

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今日は米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』をご紹介します!

みなさんのなかには米澤穂信さんの小説を読んだことは多いのではないでしょうか。

『ボトルネック』とか『インシテミル』とか映画化されたものもありますし、ブックオフみたいな古本屋だと必ず目立つところに置かれている印象があります。

www.bookbank-58.com

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この『儚い羊たちの祝宴』はふらっと入った本屋のレジの近くにおいてあり、タイトルと黒が基調の表紙が気に入り衝動的に買ってしまいました。

 余談といえば余談ですが「羊」という単語が入っているとなんだか気になってしまうんですよね。私が未年生まれだからってわけではなく、おそらく村上春樹の『羊をめぐる冒険』の影響のような気もする。まぁ、とにかく「羊」って単語が気になったことがこの本を手に取った一つの理由なわけです。

 

本書は5つの短編から成っており、どの物語も良家の娘ないし使用人が主人公となる。その娘たちが生家から離れ大学に入学すると「バベルの会」という読書サークルに入ることになる。

 それぞれの物語で「バベルの会」がストーリーに与える影響は異なり、それぞれの物語の連関もそこまで強くない。だが、5つめの物語で「バベルの会」の読書サークルとは別の側面での役割が描写され、その事実が本書のスパイスとしてよく効いてくる。

 主人公は家の跡継ぎとしての自身の役割や立場を理解しており、それに見合った振る舞いを求められ、また見合うように振る舞う。しかし、本当の自分というのはその振る舞いとは異なるところにあり、表には出ないが本音と建て前で揺れる自我を持っている。その自我の中で建て前が本音を食った時に見せる違和感や矛盾を正当化する様がこの短編集の本筋として存在する。

 

世の汚職事件や社会問題には同様の構図があるのではないかと思う。

たとえば、仕事上で失敗した時にその失敗がその人の立場上許されないものであった場合、本音ではいけないとわかっていてもその失敗を隠匿ないし揉消すために不正を働く。そして、その不正は「〇〇の立場上、仕方がなかった」とかなんとかして正当化される。その正当化というのは客観的に見ると非常に滑稽で違和感のあるものだが、当の本人は大まじめ。よくニュースに流れる事件の多くはこんな様相を呈しているのではなかろうか。

 

"幻想と現実とを混乱してしまう儚い者たちの聖域なのです。現実のあまりの単純さに、あるいは複雑さに耐えきれない者が、バベルの会には集まって来ます。わたしたちは、いわば同じ宿痾を抱えた者なのです"

 

それだけでも十分に楽しめるが、物語の構図として信頼への裏切りが読後感を痛快にさせる。信頼への裏切りとはもちろん物語の中での話でもあるが、読者が信じてきたものを裏切ることも意味する。

故に、物語の終盤ないし最後の一文で「やられた!」とおもわせさえするのだ。特に、4つめに収録されている『玉野五十鈴の誉れ』は半端じゃない。湯船につかりながら読んでいたのだが(湯船でよく読書をする)、最後の一文を読んだときに思わず「うおっ!」と声を上げてしまったくらいだ。

 

とても面白いミステリーなので、機会があれば読んでみてください。

 

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